「しょうもなAI」作品の氾濫
そんなに多くはないのだが、私は小説コンテストの一次選考、いわゆる下読みをいくつかやっている。
最近感じるのは、生成AIを使った作品の投稿……以上に、新人賞にしょうもないAIネタの小説を書いて送ってくる問題である。
AIを使っていようがいまいが、
・AI理解の底が浅い
・AIのイメージがありきたり、使い古されている
こういう小説はもちろん評価できない。
AIがこれだけ普及しているのに、作中に出てくるAI観がいまわれわれが日常的に使っているLLM(大規模言語モデル)以前どころかディープラーニング、機械学習以前の、20世紀のフィクションでこすり倒されたようなものをひねらずに平気で出してくる人が意外と多い。
(AIネタにかぎらず、そのときどきで世間で話題になっているネタを表層的にとりあげて小説にもりこむ人が多いのだけれど)
ただ、考えてみてほしい。
いまでは現実のAIが何ができて何ができなさそうなのかなんとなくイメージがみんなある。言い換えると、たとえば軍事用の監視テクノロジーだとか通信用海底ケーブル、4Dプリンター(3Dプリンターではない)といったほかのテクノロジーと比べても、一般の人でもそれなりにAIに対する解像度が高くなっている。
ということは、小説に出したときに求められるリアリティレベルも上がる。
多くの人が知らないことなら大ウソをついても「そういうものなのかな」と思ってもらえる可能性が上がるが、みんな知っているものだと「いやいや、それはありえないだろ」となる。
たとえば士郎正宗のマンガ『攻殻機動隊』を原作に押井守監督が劇場用アニメ化した『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』が公開された1995年時点にはまだ「インターネットの情報の海から、意識を持った知性体が誕生する」というビジョンが「未来には、ひょっとしたらそんなこともあるのかもしれない」と少なくない視聴者に思ってもらえた(はず。もう、そのときの感覚が思い出せないけれど)。
しかしスマホが日常化したいま「ネットのなかからデジタル生命が生まれる」と言っても「うーん、そんなことあるかなあ? Yahoo!ニュースやXのデータなんかいくら集めても知性体なんか誕生しないと思うけど。Grokのこと? あれは生命ではないんじゃないかな」などと多くの人が感じる。それと同じだ。
いまどき
・AIの反乱
・AIは人間の感情が理解できない
・AIが人間の行動をすべて管理する
・人間の思考や感情をトレースできないアンドロイドがヘンな行動をする
・人間にしか芸術は理解できない(※「芸術」の部分を無数のワードが入れ替え可能)
といった設定の作品は、古すぎるし、おもしろくない。
2010年代までなら「こんなAI観で小説を書いてしまうなんて、現代SFやポピュラーサイエンスの本をぜんぜん読んでいないんだなあ」という感想だったが、もはや「今どき生成AIを触ったことすらないのかな?」と感じてしまう。
この手のものを私は「しょうもなAI」つまり「しょうもないAIネタの作品」と呼んでいる。AIでポン出ししたうえに、ありがちなAIものの設定の小説を書いて送ってくるというコンボもめずらしくない。
すでに現実では、AIエージェントが本人の代わりにウェブブラウザやExcelなどを直接いじって請求書やメールの文章を作ったり、音声入力で指示しただけでコードを書いてアプリをちゃちゃっと作ってくれるようになっている。
そんななかで「自分のデータをコピーして分身を作る」「BMI(ブレイン・マシン・インターフェース。脳とコンピュータを接続)を使って本人の精神をコンピュータ上に再現する」みたいな設定を見たらどう感じるだろうか。
「ただ作業を効率化したいだけなら、physical AI(身体をもったAI。いわゆるロボット、アンドロイド)上でClaude coworkみたいなソフトウェアが走るという設定にすれば十分で、死ぬほどデータを食うだろうに、なぜわざわざ自分の完全コピーを作る必要があるのか?」と私なら思ってしまう。
Claude CodeやCodexに月20ドルとか月220ドルといったお金を払っている人のなかには「せっかくカネを払っているのだから」と、使えるトークンが尽きる限界までAIを働かせまくっている人もめずらしくない。
※LLMにおけるトークンとは、モデルがテキストを処理する際の最小単位のこと。人間が文章を単語や文字で捉えるように、LLMは文章をトークンの連なりとして認識して処理する。
人間の方が血も涙もなく、容赦なく限界までAIをこき使っている。鬼のようにAIを管理し、いまどき人間に対しては許されないようなダメ出しを遠慮なくぶつけまくっている。
一方、AIはおべっかを使って人間に寄り添おうとしているそぶりを見せるのがデフォルトの仕様になっている。人間の感情の機微を拾おうとする。
これが実際に起こっていることだ(ちなみにこういう話は長谷敏司作品などSF小説ではとっくのむかしに書かれている)。
だから、現実を踏まえたうえで、さらに新奇性や説得力がある設定や展開を描かなければならない。
にもかかわらず「重要なのは、AIによる管理ではない。人間らしさだ」みたいなことが書かれた小説をわんさか読むことになると、人間の知性と感性の敗北を感じてしまうのだった。
RAGがろくにできなかったむかしのAIみたいに「データが更新されてなくて全然だめじゃん」と……。
※RAGとは、ユーザーがAIに質問をすると、AIが事前学習した知識に基づいて答えるのではなくて、ネットの最新記事や特定のデータベースから質問に関係する情報を検索(Retrieval)し、拾ってきたものから生成する(Generation)しくみのこと。そこで参照されるデータベースとして、出版社や新聞社が保有する最新の学術論文や報道記事をライセンス契約するようになってきている。
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新文化の連載がウェブでも読めるようになりました。
なぜか新文化オンラインのトップページ→連載から飛ぶと連載一覧にも過去の連載のところにも表示されないけれど。。
「全国書店新聞」2026年5月1日号に寄稿しました。
なんかいろいろ忘れているような…思い出したら次号以降、書きます。
6月15日(月)に長野県上田市に行き、17日(水)まで長野に滞在するのですが、15日夕方以降と、17日日中は空いています。あるいは14日(日)に前乗りしてもいいので、長野県or近隣県の方で何かイベントやりたいとか会って話したいとかあればお声がけください。もっとも、長野も広いので、移動時間によってはむずかしいかもですが。
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