ややこしくて理解されてない「明石市議会の図書館納本定価購入等の請願採択」とはなんなのか
10月末に兵庫県書店商業組合で講演する機会があり、そのとき巌松堂書店の山根金造さんから「明石市議会の図書館納本定価購入等の請願採択」についての話を少しうかがい、これは改めて取材して記事にせねばと思って明石市大久保駅に赴いた。
この件はこの1、2年、とくに図書館が頭を悩ませている「書店と図書館の連携」の話題でよく登場するトピックのひとつである。
記事は12000字くらいあるが、なぜそんなに長くなるかというと
・再販契約とは。その効果と限界とは
・行政の予算策定プロセスとは
・図書館納本と書店、TRCの関係とは
・議会「請願」とは、「採択」の効果とは
等々のややこしい話が絡み合っているからだ。
しかし「そんなん読んでる時間ないですわ」という方向けにnotebookLMに記事を食わせてスライドを出力させたので、まずはダイジェスト的に以下を読んでいただき、興味や必要に応じて元記事を読んでもらいたい。
経産省の書店振興プロジェクト「関係者から指摘された書店活性化のための課題(案)」(上記pdf)に
12. 地域書店による公共図書館への納入
公共図書館への納入において、官公庁等による入札を経て値引きが行われ、資金力で勝る大規模事業者が一手に引き受けてしまう現状があり、地元書店の販売機会が失われているとの意見もある。
13. 図書館の納入における装備費用の負担
公共図書館の納入においては、官公庁等による入札を経て、フィルムやバーコード付与といった装備負担も入札事業者に求められるケースや別途の費用計上を認められないケースもあることから低い利益率をさらに削ることとなり、中小の書店によっては受託することが困難となっているのではないかとの意見もある。
と記載されている問題(なお、この話は1970年代から延々くりかえされてきたものである。『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』参照)がある。
これに対して公取のお墨付きを得て、2025年春に再販契約書にあった「官公庁への入札の際は値引きOK」という条文が改訂された。つまり誰に対しても基本的に定価で売ってください、という内容に変わった。ところが再販契約は出版社―取次―書店間の契約にすぎない。
行政は地方自治法234条等でめちゃざっくり言うと「基本的に入札で公正かつ効率的に税金の使い道を決めろ」といった縛りがあり、これを変えるには条例や規則の制定・変更が必要になる。今まで一般競争入札でやってきたものを変えるとなると、例外をつくることになるのでたいへんなのである(もちろん、考え方や手続きは自治体によって異なる)。
そのうえ、予算策定プロセスを考えると
・担当課(図書館担当の行政職員、図書館長)
・財政課
・首長
が「定価、装備費用別で買うべきだ」と自ら判断して予算に組み込んだり、そういう予算案にOKを出したりしないと話が進まない。
図書館はただでさえ予算が削られて資料が十分調達できないのに、定価購入&装備費を負担したら、買える本の冊数はますます減ってしまう。これではなかなか図書館現場から「書店のためにやりましょう」とも言いづらい。仮に「書店も大変だから」と定価にしようという予算案を組んでも、それを査定・折衝をする財政課に「ダメ」と言われたら差し戻されてしまう。
だから出版業界が我が再販契約を改訂しても、それだけでは行政を動かすには一押し足りないのである。
そこで市民の側から行政に予算を検討してもらうための手段がロビイングである。
なかでも議会の「請願」が「採択」されることは大きな力を持つ。
そして図書館納本に関する書店からの請願を全国でいち早く採択したのが明石市であり、その中心人物が、市議会議員を3期12年年勤めて行政や議会のロジックや手続きに精通していた書店主の山根氏だったのである。具体的なノウハウは以下。
その後、明石市の請願採択の成功を受けて姫路市議会、神戸市議会、兵庫県議会へと請願の動きが広がった。
これはnotebookLMの要約は不正確で「兵庫県全体」ではなく「兵庫県議会」に対しても書店組合から請願したという話
もちろん、請願が採択されたら必ずそのとおりに予算化されるわけではない。ただ行政は請願を無視することはできず、最低でも検討して議会に対して回答しなければならない。
この点で「出版業界内で契約書の内容書き換えました」以上の意味を持つ動きだというのが、今回の件では重要なのである。
なお、図書館、行政側からすると今回の件を「やっかいな動き」「めんどくさい」と思う向き、否定的に捉える人もいるかもしれない。しかしこの「議会の請願採択」という手法は、図書館の要望を汲んだ市民が行うこともできる。
書店から図書館・行政へのお願いを実現していくという方向性にとどまらず、図書館の声を具現化するために地域の本に関わる人たちや出版業界人が動くことも「連携」のひとつのかたちだと思う。
もっとも、公務員側から直接的に市民に働きかけるのは地方公務員法第36条にある「公務員の政治的行為の制限」に該当する懲戒事案になるだろうから、そこは「うまくやってください」としか言えないが。
今後もたまに本に関係するロビイング話を取材・執筆していきたいので、情報提供その他お待ちしています。
■告知
先日YouTubeに呼んでいただいた大阪(駒川)toi booksさんと東京(分倍河原)マルジナリア書店さんで『この時代に本を売るにはどうすればいいのか』のサイン本がおそらくぼちぼち並んでいると思います。ぜひ足を運んでみてください。
名古屋NBCで1月16日に『この時代に本を売るにはどうすればいいのか』トーク&サイン会します。図書館に応用するには、という話を藤坂さん&来場者のみなさんと語り合えればと。書店論と図書館論では「なぜか集客というと棚づくり、コンセプト、空間設計の話から入りがち」など近いところもあるのではと思っています(あくまで私の印象ですが)。でももっと手前から考えないとですよね、等々。
1月19日の神保町ZINE&BOOK FESで神保町新刊書店史トークに出ます。これもともとは三省堂・東京堂・書泉鼎談だったのが三省堂さんの都合が合わず東京堂・書泉対談になり、さらに東京堂さんの都合が合わなくなって気づけば書泉さんと私と司会の鎌垣さんだけになっていた(苦笑)のですが、まあ、いらっしゃらないほうがしやすい話もありますからね。お楽しみに。
1月29日の電子図書館サミットで「海外事例との比較から考える『誰ひとり読書から取り残さない』ための電子図書館」というテーマで20分間ですが講演します。
今週アップされたこの記事とかとも関係する話ですね>電子図書館サミットの講演内容。
今年の振り返り記事を書かなくてもいいかなと思ったのは、まさに振り返りイベントをやるからでもあります。オンライン、アーカイブ配信もあるのでぜひ。
新刊絶賛発売中ですので年末年始のおともに、なにとぞ。
それでは本年は大変お世話になりました(たぶん来週は更新しないかと)。
良いお年を
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