『この時代に本を売るにはどうすればいいのか』紹介原稿がボツった件
この1週間はたいへんだった。
土曜日にラップスタアFINALを観てぶち上がり、日曜に約束があったので朝から出かけたら奥さんから「ギックリ腰になって動けない」と連絡があり緊急帰宅。生活支援や各種買い出し、および「日曜日なので遊べ。かまえ」と容赦なくせがんでくる息子に付き合ってマリオパーティを3時間くらいやってぐったり。翌月曜になっても腰の症状が改善せず、ひとりではトイレにさえ行けない状態がつづいて「ヘルニアかも」と不安視した妻の希望で救急車を呼んで病院に。幸い、MRIは異状なしで帰される。火曜は家事・育児をこなしつつYouTube配信2件に出演。水曜から少しずつ回復してきて本当によかったのだが、そんななかでいそいで依頼原稿を書いたら筆が荒れていて編集者から「内容がかたすぎる」とリテイクをもらってイチから書き直しになるなど、仕事のスケジュールが崩壊したまま今日に至る。しかし新しい本が出た週なのでNewsletterの配信はしたい。というわけでボツった原稿を掲載します。
新著『この時代に本を売るにはどうすればいいのか』では、雑誌の需要減少に伴う書店への来店回数の激減が書籍の購買頻度の減少をもたらしていることが本の販売における大きな課題だと確認した。
その上で、デジタルコンテンツ、デジタルメディアへの移行の成功事例としてはマンガやニューヨークタイムズを挙げ、なぜそれらが電子と紙を合わせて過去最大規模になりえたのか、その手法は他分野に応用しうるかを検討している。
ただしほとんどの出版ジャンル、カテゴリーにおいては「デジタル、動画を使って紙を売る」ことが本命だ。欧米でも日本でも、多くのジャンルで電子書籍のシェアは1割前後で横ばいとなっており、今後も紙の本がメインであることは揺るがない。
ただし売り方としては時代に合わせてデジタルマーケティングのツールやYouTube、TikTokといった動画を活用しているのが、書籍市場が堅調な欧米先進国のやり方である。出版社も、リアル書店も、だ。
日本は、かつて集客マシーンであった雑誌の定期的な購買行動に頼っていた
① そもそも本や本屋を「いかに知ってもらい、アクセスしてもらうか」という入り口の部分
② いったん関係性ができた人を取りこぼさず、継続的に興味を喚起し続け、つながりを維持して購買につなげる部分
を、雑誌に代わる別の手段で補わなければならない。
そして、Xをはじめとソーシャルメディアはアルゴリズムによるレコメンドが強くなり、いまやフォロー/フォロワー関係は意味を失っている。Xでただ宣伝を投稿しても、ほぼ誰も見ない。人の感情を刺激する内容を含んでいないと拡散されない。こうした環境下では
・バズをねらう
・バイラルヒットを得意とするインフルエンサーとの提携
・ひとりひとりの影響力は小さいが束になると力が大きいファンダムの活用
が一方では重要になる。
と同時に、発信者の情報を定期的に、着実に届けるツールも重要だ。小規模事業者や地味な出版物を手がけているプレイヤーは特にそうだ。たとえば一度登録すれば定期的に発信者が望むかたちの情報を受信者に送ることができる
・Newsletter(日本で言うメールマガジン)やポッドキャスト
・CRM(顧客関係管理)やMA(マーケティングオートメーション)ツールを使ったメールマーケティング
などだ。欧米では主要メディアから独立系書店までNewsletterを発行していないほうが少数派だろう。無料で使える簡易なCRMサービスを入れる店もまったくめずらしくない。日本は状況が違う。文学フリマや各地のブックフェスなどリアルの販売イベントは盛況だ。だがそこで出展者と顧客のあいだにできた関係性や興味関心を持続させるための手段が欠けている。「SNSをフォローしてください」ではもはや意味がない。しかし、いまだそれで終わっている。
日本の出版業界のアレなファネル
拙著では紙幅の都合で海外事例を中心に紹介したが、国内でも成功事例はいくつもある。たとえば2025年にはYouTubeを使った販促で有隣堂の「有隣堂しか知らない世界」では動画の生配信と販売を組み合わせたライブコマースによって学研の図鑑を4000冊売り上げ、YouTubeチャンネル「積読チャンネル」ではあるタイトルを動画をきっかけに8000冊以上売った。
また、拙著で紹介している
・書店や出版社があるジャンルのファンと情報が集まるポータルサイトを立ち上げる
・会員登録した顧客にCRMを用いたメールマーケティングを行う
・それを軸に本やグッズのEC、さらには関連イベントや教育事業を展開して客単価を上げる
というモデルを日本で実施している事業者としては絵本ナビがいる。
同社の絵本のためしよみサービスは「デジタルで販促・宣伝し、紙をメインにデジタルも売る」典型的な成功事例でもある。また、書店サイドから出版社に打診して絵本のキャラクターグッズを自社制作・販売もするなど、「小売主導のIP展開」という点も書店業で参考になるだろう。
もっともこれらの施策は日常の通常業務の片手間、手弁当でできる範囲を超えているものも多い(とくに動画制作は)。成果を本気で出そうとするなら人員や予算の割り当て、組織変革が必要になる。
また、やり方を知ろうにも、出版業界内ではノウハウが体系化されておらず、研修プログラムとして共有可能な段階ですらない。業界団体なりが早急に開発すべきだろう。
なお、筆者は当然デジタル以外にもいろいろやり方はあると思っている。ほかの方策で課題を解決できるならそれでいい。とはいえ何もしなければ状況は好転しない。拙著や本稿で紹介した具体的な施策以上に、顧客の行動を「知る」から「買う」までプロセスごとに分解し、それぞれのフェーズに対して手を打っていくという「考え方の枠組み」を参考にしてもらえたらと願っている。
■告知
トラック適正化二法による「適正原価」適用での出版物流コスト上昇問題、版元の人間は「取次の話」と思っているフシがあるのですが、今は版元→取次→書店の送品と比べると低廉になっている書店からの返品運賃も「送品運賃(適正原価)並みに上げろ」となった場合、多くの書店がもたないのでは、という話を書いています。
新刊からの抜粋記事が掲載されました。
12月16日開催の「年忘れ、電子出版放談会」アーカイブ配信されてます。デジタルコミック市場における無料試し読み提供が市場成長を妨げているのか問題(紙の立ち読みと近い部分、違う部分)、生成AI台頭によるゼロクリック問題によって直接届けるメディア、ペイウォールの価値がパブリッシャーには高まる、アクセシブルなマンガの提供の課題と可能性などについて話しています
火曜日出演したものアーカイブ配信されています。
12月16日夜開催の「東西本屋茶屋」出演回アーカイブ配信されています。お客さんに本屋の中の写真を撮ってSNSにアップしてもらった方が店の認知・流入につながる(アメリカとかでは客にぜひやってくれと推奨している)けど日本だとそうでもない問題についてtoi booksさんとマルジナリア書店さんから実情と運用上の落としどころが訊けて個人的にはよかったです。
大阪のtoi booksさんと東京のマルジナリア書店に週明けくらいに『この時代に本を売るにはどうすればいいのか』サイン本が並びますのでぜひ。
文芸評論家の藤井義允氏のチャンネルに出演しました。若いころにどんな本読んできたかを話しています。
1月16日にナゴヤブックセンターでトークイベントやります。『この時代に本を売るにはどうすればいいのか』を図書館で応用するにはどうすればいいのか。がテーマです。
神保町ZINE&BOOK FES 2026年1月19日(月)15時~ @出版クラブホール 神保町「歴史談義とこれからの神保町」に登壇します。日本の近代出版の本流と言っていい東京堂と、ハードコアな労働争議の本屋から現在の「趣味」の本屋に転身した書泉の歴史について導入的にお話します。その後、両社の対談です!
『この時代に本を売るにはどうすればいいのか』で書いたことを著者自身はどのくらいやった/やっているんですかというメタ企画&反省会です。赤坂・双子のライオン堂およびオンラインにて。ライターやフリー編集者など個人で活動されている方にはとくに参考になる……といいなと思っています。
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