日本の出版業界が変われないのは男性中心だからではないか?
■告知
版元ドットコム会員集会2025.6.13にて講演。どなたでも参加可。申込フォームには書いていないけどオンライン配信アリ(アーカイブは未定)なので遠方の方もお時間合えば何卒。
講談社コクリコで子どもの本についての連載開始。1か月に1本くらいのペースで(最低でも)何回か続けられればと……。初回は最近の笑える絵本について。笑いは子どもが本や娯楽に求めるものとしては非常に大きいのに意外と(?)フォーカスされにくいので取り上げてみた。
朝読の現状についての取材記事。
先日、スーパー学校司書として知られた木下通子さんの退職(独立)記念の会で新潟県三条高校の押木和子先生から「『「若者の読書離れ」というウソ』では朝読のおかげで子どもの不読率が低減したと書いてあるけど今、朝読は形骸化してきている」とお話をうかがった。
「そういえば『コロナのときになくなってそのまま』とか『やってるけど、生徒が勝手に自習し始めちゃうんだよね』とかたまに聞くな」と思い、企画。
伊勢市教育委員会・宮澤優子さん、宮城県立松山高等学校学校司書・大場真紀さんに取材をしたりツテをたどって学校の先生にヒアリングをしたり、宮城県の高校の朝読実施状況についての資料をご提供いただいたりして執筆。
読書推進的にも出版ビジネス的にも大事な話。
ちょっと前に書いたものだけど最近いくつか取り上げてもらったので改めて。有料記事だけど無料部分にも大事な話を書いているのでそこだけでも。
■今週のコラム
先日、海外のブックフェアによく行っている方と呑んでいたら「ヨーロッパ行くとどこの国でもBookTokが日本の比じゃないくらい盛り上がっていて版元も本屋も『動画で本を売るんだ!』ってなってるけど、日本は大手出版社も大手書店の社長も保守的な中高年男性だから『あんなのはスターツとかさ、女・子どもの話でしょ』みたいな扱いで、業界全体のムードが変わんないんだよね」的なことを言われた。
たしかにペンギンランダムハウス(PRH)はデジタルマーケティング費用の数分の1をTikTokに投じている(2022年には140万ドル)し、Instagramもめちゃ力を入れてやっている。
PRHだけでなく超大手出版社Big5はみんなそうだし、バーンズ&ノーブルなどの書店もBookTokをいかに盛り上げ、本を売るのかに活用していることは、Publisher'sWeeklyのNewsletterを読んでいるだけでも伝わってくる話だ。
日本でこの話をすると「でも、日本だとけんご以外に有名なBookTokerなかなか出てこないじゃん」と言われる。だが、けんごクラスである必要は全然ない。
フォロワー数は少なくても特定ジャンルに強いナノインフルエンサー、マイクロインフルエンサーのほうが、フォロワー数の多いインフルエンサーに商品との相性を無視してオファーするよりも、収益創出において費用対効果が高い。これはマーケティングの学術誌にも載るレベルのコンセンサスになっている。
そして出版業界でもナノ、マイクロインフルエンサー活用が積極的に行われている。
したがって日本でも「人材がいるか/いないか」ではなく「やるか/やらないか」の問題なのである(というか、Big5は本紹介インフルエンサー支援・育成にもめちゃカネをかけている。「やれば育つ」)。
欧米の出版業界ではジェンダーフライト、つまり男性離れが進んでいると論争になっている。
「BookTok(みたいなしょうもないもの)の台頭は『出版の女性化』も関係しているんだ、現に業界の70%以上が女性だ、役員・幹部も6割女だ」と批判する男性がいる――ただし出版社の幹部に「白人」女性が多い点には別途批判があるのだが、ここでは深入りしない。
読者側に目を向けても、近年、アメリカ各州でもっとも人気のある本のジャンルはロマンス(22になっている。
YA小説(10代向け小説)では2000年代後半から『ハンガーゲーム』のようなディストピアものが流行っていたが、今は若年層を中心にロマンス、ロマンスとファンタジーが融合した「ロマンタシー」ジャンルに代わっている。
この流行とインスタ、ショート動画の隆盛を受けて、「ファンタジーボール」と呼ばれる、ロマンタシーの世界観に合わせたコスプレ舞踏会イベントやそのTikTok動画も盛り上がっている。
こういうものを大手書店がイベントとしてやっていたりして収益源になっているようだ。
「動画を使って紙の本を売る」方だけでなく、ジョン・B・トンプソン『ブック・ウォーズ』によると、電子書籍化の比率が高いジャンルもロマンスが最多である。
日本のデジタルコミック業界でもめちゃコミックやコミックシーモアなどでは女性向けが強い。
小説投稿サイトも、運営が意識的に介入していかないと、エブリスタや小説家になろうのようにいつの間にか女性向けが強くなっていきがちである(LINEマンガの投稿コーナー、LINEマンガインディーズも運営が介入する前は、ほぼBLで人気上位が占められていた)。
女性の方が男性よりもデジタルメディア(とくにビジュアルをともなうもの)上のコンテンツに積極的、ないし抵抗が薄く、親和性がより高い。そしてTikTokやInstagram、デジタルパブリッシング活用も前向きな傾向がある点は否定できないと思う。
したがって、企業の意思決定権をもつポジションに女性が多くなれば、会社としてのマーケティング施策にデジタルメディアをもっとうまく使うべきだ、という発想になるのは当然だろう。
ところが日本は、デジタルメディアに関してユーザーの自生的な活動においては女性は活発だし、現場は書店員・図書館員であれば女性のほうが多い。しかしながら出版業界の社長・役員クラスは中高年男性だらけである。「TikTokが」「ロマンスが」「女性向けのコミックが」やり方次第でもっと伸びる、その手法をほかの分野にも横展開できる可能性がある、と現場が言っても意思決定権者がピンと来ず、他人事になりやすい構造になっているだろうことは容易に想像できる。
先日、電子書籍・デジタルパブリッシングの業界団体の集まりである電流協アワードの授賞式に出席したが、見事に99%くらい男性。これは会場に入った瞬間「うっ」と面食らった。選考委員も落合早苗氏以外は全員男性である(「じゃあおまえがまず辞めて女性に引き継げ」という話だが、私はその落合さんに声をかけていただいて今年入ったばかりなのでいきなり辞めるわけにもいかないかな、と)。
もちろんすべてをジェンダーの問題に帰すことはできない。
とはいえ、「本の売り方」をこの5,6年で大きく変貌させ、マーケットを横ばいか微増で推移させているほかの先進国の出版産業と、売り方の変化がなかなか起きずに右肩下がりを続ける日本の何が違うのかについては、流通の違いのような制度面だけでなく、ヒト・組織にも目を向けて検討するべきだと思う。
なお、小説とは対照的なことに、過去90年の映画の25,353本の長編映画のプロットを分析すると、ラブストーリーは徐々に映画製作者の優先リストを滑り落ちてきている、との分析がある。
映画業界ではエグセクティブ・プロデューサーとしてクレジットされた女性は22%。出版業界の3分の1程度である。
コロナ禍が終わったあと、欧米では本の盛り上がりは続き、映画は数字が戻らず苦戦している。
TikTok台頭のようなメディア、エンタメの地殻変動に対応できるか、できないか。
それに向いた人材はいったい誰なのか。ひとつには、そういう話だと思う。
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