vol.10 単行本構成仕事について(1)

単行本を構成する仕事、昔なら「ゴーストライター」と呼ばれていた仕事って結局何をしているのだろうか。最近、このジャンルの第一人者である古賀史健氏の『取材・執筆・推敲』が刊行されたが、それはそれとして、自分の過去の単行本仕事を振り返りながら少し分解してみたい。
飯田一史 ichishi iida 2021.04.24
誰でも

紹介記事も出ています。

単行本を構成する仕事、昔なら「ゴーストライター」と呼ばれていた仕事って結局何をしているのだろうか。

最近、このジャンルの第一人者である古賀史健氏の『取材・執筆・推敲』が刊行された。

が、それはそれとして、自分の過去の単行本仕事を振り返りながら少し分解してみたい。

石黒浩『アンドロイドは人間になれるか』(文春新書)

最初に一冊丸ごと構成を担当した本。面識のあった担当編集者(桜庭一樹氏の読書日記に「門前くん」という呼称で出てきていた方。今はslow newsにいる)とお茶していたときに「こういう企画があってライターを探している」とポロッと話に出たので「やります」と言ったら実現した。すでに自分の単著も出していたし、取材をまとめるライター仕事は20代前半からやっていたので「大丈夫だろう」と思ってもらえたのかな、と思う。

石黒さんの本はこれ以前から何冊か出ていたが、個別のロボットから得られた知見をそれぞれ深掘りするというより、もっと体系的にというか、やっていることの全体像をわかりやすく伝えたいなと思った。

石黒さんは全身黒服で変わっていると思われているし、考え方も独特ではあるけれど、断片を切り取るのではなくて突飛に見える発言と発言のあいだのロジックを埋めれば――会話のなかでは「おもしろい」と思ってもただ文字にしただけだと「飛躍している」「言葉足らず」と感じるところを補うのが構成の仕事のひとつ――理屈が通っている、ということを示したかった。

半日くらいぶっ続けで話しても即興での思考実験も含めて全然平気という珍しい人だったけれど、その取材で得た素材を1回バラバラにして(話してもらったことを頭から順番にまとめていっても本のストラクチャーや文章の流れはできない)、本の趣旨/言いたいこと/解き明かしたい謎に沿って組み立て直す。

一応ビジネススクールでクリティカルシンキングを学んだ人間なので、ロジックツリーとかピラミッドストラクチャーとか使って、ホワイトボードなりノートなりに本全体の構成をこの時点でつくる。正確に言うと取材前にもこちらでも考えて、それに沿って質問を用意しておくのだけれど、だいたい想定通りのことにはならない(ただ、全体像を意識しながら話を聞くのと完全に出たとこ勝負では全然取れ高が違うと思う)。だから取材後に組み立て直す。

まあ読書しながらロジカルシンキング的に正しいかどうかを気にする人なんてほとんどいないのだけれど、ある程度整っていたほうが単純に読みやすいし、納得感が高いし、全体像が理解されやすくなるという利点がある。

もちろん話者側や編集者側に「こんな内容のもの」というイメージがある場合もあるし、それは最大限汲み取るけれど、話してみないとわからない/意外と話と話がつながらないところがあったりする。

……とつらつら書いていたら息子が起きてきてしまった!(いつも子どもが寝ている間に書いて配信している)

『シンカリオンZ』を見せて時間稼ぎしているあいだに配信し終わらないといけないので今回はこのへんで。個人配信の無料newsletterなのでご容赦を……

今週気になった出版業界・コンテンツ産業関連ニュース

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ミステリー業界では知らない人はいないであろう河北壮平さんにお話うかがいました。ドラマの『ネメシス』ももちろんおもしろいですが小説版はよりスラップスティックぶりとミステリー要素の同居が稀有で好きです。

静岡SBSラジオの4月23日(金) #いっぽ 今日のTOPIC!に出演しました

ショートショートブームについて話しました。そうだ! これの出演にあたって事前に台本をいただいて話すことを準備(そうしないと話せない)したのでそれを貼っておきますね。3000字くらいあるので、お時間ある方はお読みください。

では今週はこのへんで。良い週末を。

***

■なぜ今短編小説やショートショートに注目が集まっているんでしょう?

もともと「短編集は、長編小説に比べると売れない」というのが出版業界の常識だったんですけれども、その常識を打ち破って盛り上がることになった大きなきっかけのひとつが、2013年に学研プラスから刊行された『5分後に意外な結末』という本から始まる「5分後」シリーズというショートショートを集めた単行本がありまして。

このシリーズがいま累計300万部を超える大ヒットになっているんですね。5分後シリーズの収録作品っていうのは小咄とか都市伝説、あとは著作権が切れた昔の有名な小説のいわゆる翻案、まあ読みやすくリライティングしたものですね、それからもちろん書き下ろしの新作ショートショート、みたいに多岐にわたります。

で、この5分後シリーズは、全国の小学校と中学校の8割、高校の4割以上で行われている朝の読書、いわゆる朝読の時間向けに作られたものなんです。朝読は朝10分間、児童・生徒が自分で選んだ好きな本を読みましょうっていうやつですね。

で、なんで5分かというと、朝読って今言ったようにだいたい1回10分なんですね。だから本を読み慣れていないひとでもちょうど1回の朝読で1本読み終わって、かつ、読み終わったあとに驚きがあるとか、感情に訴えかけてくるものがあるとか、そういう余韻を味わうことまで含めて1編読むのに10分以内にちょうど終わるというつくりになっています。

で、これがすごく当たったので、この「何分とかっていう短い分数」+「驚きとか泣けるとか怖いとか恋とかみたいな感情」という組み合わせのタイトルのショートショート集が、いろんな出版社からわーっと出るようになったんですね。

もちろんこれの前から朝読向けの短編集っていくつもあったんですけれども、5分後シリーズによってこの「何分+感情」という新しいフォーマットが確立されたことで、さらに盛り上がりを見せることになりました。

■学校の朝読書の時間とかにも読める長さ、ということですけど、子ども向けのものが多いんですか?

そうですね、朝読狙いのものも多いんですけれども、SF作家の北野勇作さんが書いた『100字の物語』シリーズですとか、大人の女性にファン層が多いいわゆるライト文芸と呼ばれている、少し軽めのテイストの作品ジャンルの短編集とか、ショートショート集も出ていますね。中学生くらいから大人まで幅広く読めることを狙ったものも出ていますし、まあこれは完全に大人向けだろうなという企画もあります。

大人は大人でやっぱり忙しいので、本を読む前からコンセプトとかジャンルが明確で、「泣ける!」とか「驚く!」みたいに何が得られるのかが事前にわかって、かつ、1編数分で終わるもの、ちょっとした隙間時間に読み終えられて満足が得られるものに需要があったんだと思いますね。

■ブームの背景にはSNSとの関係もあるんでしょうか?

はい、ありますね。

たとえば氏田雄介さんというかたが始めた『54字の物語』という、たった54文字で完結するお話をたくさん集めた、40万部以上売れている、子どもから大人まで非常に幅広い読者層に支持されている、人気の高いシリーズがあるんですけれども、これは『54字の物語』の公式サイトに行くと「54字のジェネレーター」というものが用意されていて、誰でも気軽に投稿できるようになっているんですね。どういうものかというと、正方形の原稿用紙フォーマットに沿って54字で終わるお話を書くと、すぐTwitterとかInstagramにハッシュタグ付きで画像としてシェアできるんですね。だからSNSでパッと目に入るように設計されていて、書いた人も読みたい人もそのハッシュタグを辿っていけば同じフォーマット、同じコンセプトのいろいろな作品が辿れるようになっています。で、1本がすごく短いので「おもしろそうだな、自分も書いてみようかな」と思いやすいようにできている。それで書籍に収録することを前提としたコンテストをやると1回で3000作品から7000作品も集まっています。

ほかにもTwitter上で100文字から140文字くらいで完結する小説を投稿している人もたくさんいまして、たとえば特に人気のある神田澪さんの作品は本にもなっています。

小説って本来、画像とか動画とかマンガと違ってSNSに短く切り取ってシェアしやすいかというと、シェアしにくいものだったんですけれども、50文字とか100文字くらいならパッと読めるので広めることができたと。で、そういう短いけどおもしろい、バズる作品を書ける人には出版社が「本を出しませんか」とオファーを出す。で、本出してる人がいるんだ、ということを知った人がいると、また書く人が増える。今はこういうサイクルが回って盛り上がっている状態だと思います。

■初めて短編小説、ショートショートを読む人におすすめの作品を教えてください。

そうですね、今日お話した学研の5分後シリーズや54字の物語はどれもおもしろいのでおすすめなんですが、ひとつだけあげるとすると5分後シリーズのなかに『5秒後に意外な結末』という、たった2ページで1つのお話が完結するショートショートがたくさん収録されているシリーズがあるんですね。これは非常に読みやすくてあっという間に読み終わる、でもどれも小咄としておもしろいので、小説読むの苦手だとか、あるいはなかなか本を読む時間ないよ、という人にとくにおすすめしたいなと思います。

■このブーム、今後どのように展開されていきそうですか?

「朝読」と「SNS」に加えてもう一個このブームで重要な役割を果たしているのが「小説投稿サイト」なんですね。これは名前の通り別にプロの作家さんでなくても誰でも自由に小説を書いたり読んだりできるサービスでして、代表的なものに「小説家になろう」とか「エブリスタ」っていうサイトがあるんですけれども、この小説投稿サイトに投稿された作品、あるいはこの投稿サイトが主催する短編やショートショートのコンテストがたくさんありまして、その優秀作品を集めた本もいっぱい出ているんですね。ここからどんどん新しい作家が生まれています。

で、去年、紅白歌合戦にも出演したYOASOBI、いますよね。IkuraさんとAyaseさんによる音楽ユニット。YOASOBIの楽曲ってもともとはmonogatary.comという短編専門の小説投稿サイトに投稿された作品が原作になっているんですね。YOASOBIはもともと小説を音楽にするというプロジェクトでして、曲の原作になった短編小説をまとめた本も刊行されていて、こちらもすごく売れています。

で、ほかにもMonogatary.comで人気の高い作品は実はYouTube上でドラマ化されたり、劇場公開される映画にもなっているんですけれども、だからそんなふうに短編やショートショート発のメディアミックスが増えて、そこからYOASOBIみたいにヒットが出ると、さらに「書いてみようかな」と思う人が増えて、もっと盛り上がるんじゃないかなと思っています。

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