保育園無償化や子どもの医療費助成の充実が図書館予算の削減につながっているという不都合な真実
■告知
7/4夜に三省堂書店本店で『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』と三省堂の歴史を絡めたトークやります。アーカイブ配信アリ。三省堂書店
全国学校図書館協議会「学校図書館 速報版」2025年6月1日号に東村山市立中央図書館で行った講演「小中学生の読書 子どもの本離れって本当ですか?」についてのレポートが掲載されています。
福島県白河市立図書館「りぶらん」について取材した記事「全蔵書の1割で貸出の3割!マンガ3万冊蔵書した図書館が語る「おどろき」の利用実態」がYahoo!ニュース エキスパート オーサー編集部が選ぶ、5月の「オーサーMVA(Most Valuable Article)」に選ばれました。
新文化2025年6月12日号に「「街の本屋はいかにしてつぶれてきたか」で訴えたいこと。」を寄稿しました。
スクエニの取材記事、日本とアメリカの違いを踏まえてどう適応しているのかよくわかって非常におもしろいのでぜひ読んでください。
■今週のコラム
公共図書館・学校図書館の予算が厳しい、削られているとよく聞く。

図書館の予算は一般的には自治体の教育費から出ている。学校図書館は学校教育費、公共図書館は社会教育費から。

1館あたりに直すと非常に厳しい。
では何の影響で減らされてしまっているのか。自治体予算のなかで、どこが増えているのか。
なお総務省『地方財政の状況 令和7年3月』によると地方財政の全支出額にあがる「一般財源充当額」は平成15年(2003年)の52兆4352億円から令和5年度(2023年)には66兆6199億円に増えている。
内訳を見ていこう。平成15年→令和5年度で全体の割合のなかで何がどう変わったのか。
図書館予算が絡む教育費は全体の19.2%→16.4%。自治体予算全体の金額は増えたが割合は減っているのでややこしいが実額に直すと10兆1724円→10兆9256億円。あれ、減ってない。
ということは教育費全体の中での予算配分が変わったということになる。


内訳を見ると小学校費が最多であり、しかもまだ昨対比で増えている。
経年変化のグラフを用意できるデータが手元にない(e-statから数字を抜けば作れるが時間がなく……)のだが、少子化対策としての子育て支援政策の影響もあり、学校教育費、とくに手がかかる年次が低いほうは減らされにくい、むしろ増える傾向にある。
GIGAスクール等々、学校で今までやっていなかったことは増えているので、学校図書館はワリを食いやすい。同じ文科省が学校図書館をもっと活用しろ、と言っているのだが……。
当然、「大人は自分でがんばってください」と言わんばかりに社会教育費は比重を減らされてしまう。いや、公共図書館の利用者にも子どもいるんですけど? あとその親・祖父母のほうはどうでもいいんですか? という話だが。
先ほどの全体の構成比で見ると、ほとんどの項目は全体の割合が微減・減少傾向にある。
土木費なんて11.2%→6.4%とほぼ半減。公共工事が儲かったのは遠い昔で、役所が出す案件はカツカツすぎてもはや土建会社は入札すらしたがらないことが当たり前に起こっている。公のインフラ維持にかけられる予算が減っているから道路陥没、水回りの管の破裂などが各地で起こっている。図書館や学校も、老朽化が進んでいても改修・新設できずにだましだまし使っていることも多い。
ところがひとつだけ目に見えて増えている項目がある。民生費である。
2003年には14.4%だったのが2023年には27.3%。
民生費とはようするに福祉予算である。
「高齢者にカネかけて本にお金が回ってないということか。シルバー民主主義の弊害がここにも」と思うかもしれないが、単純にそうとは言えない。

民生費のなかで最大セグメントは児童福祉費である。市町村では児童福祉費37.4%、老人福祉費17.2%だ。
林宣嗣編『新・地方財政』有斐閣ブックス(2021年)によると福祉予算は全体的に増加傾向にあるのだが、2000年代後半から児童福祉費が突出して増えていることがわかる(これも自分で作図しなおしたかったが時間がなく)。

同70p
学校図書館の予算増額を主張するときにしばしば参照される「学校図書館図書整備5か年計画」のために文科省が地方交付税交付金で措置している予算が5~6割しか図書館に回っていないという話がある。
しかし自治体財政の全体像を見ると、本を買うことに使わなかった分は、保育園無償化だとか子どもの医療費助成に回っている可能性が高い。
したがって、「子育て支援やめて本買えとか司書を正規で雇えって言ってるんですか?」と言われると反論のロジックを組み立てるのはなかなかむずかしい。
少し前にこの記事が話題になったが
増え続ける民生費、高齢者のための福祉予算を減らしていくために図書館充実させたほうがいい、というロジックはひとつありうる。もっとも、順番からいえば図書館充実→高齢者医療費が減る、であり、いますぐ医療費を減らして図書館予算が増やせるという話ではない。
ただ、自治体財政という単位で考えているから「何かやるなら何か削らないといけない」トレードオフの関係にあるのがボトルネックになる。その外側はまた話は別である。
図書館の予算を増やしたいなら、外部から獲得していくしかないと思う。
どこから持ってくるのか、というときに「書店と図書館の連携」もっと言えば公民連携が必要になると思っている。
日本の「失われた30年」の大きな要因のひとつが「人間に投資をして教育・研修機会を設けないと成果は出ない」「人材も設備と同じでメンテしないとどんどんダメになっていく」という人的資本投資の観点がなく、なんでも現場に放り出してOJTするだけになり、結果、汎用的なスキルは身につかないし、まして発達しつづけるICTスキルにも追いつけない状況を生んでしまったことがある。
人的資本投資とは、みたいな話はこの本とか読んでください。
宮川努/滝澤 美帆「日本の人的資本投資について‐人的資源価値の計測と生産性との関係を中心として‐」(2022年)を見ても


人的資本投資とGDP成長率には相関があり、日本はどちらも低い国である。
学ばないと効率良い仕事のしかたも身につかない。スジのいいビジネス上の打ち手も身につかない。学ぶ場を通じた社内外の人的ネットワークもできないから、創発が起こらない。結果、生産性は上がらない。したがって稼げない。縮小再生産になる。当たり前の話である。

なかでも人的資本投資額が低い産業分野は
宿泊・飲食サービス業
農林水産業
運輸・郵便業
保健衛生・社会事業
などだ。だいたいどの地域でも産業従事者が多い、あるいは多くなくても確実に働き手がいる分野である。
こうした産業に限らず、その市区町村を元気にしたい=儲かるようにしたい、のであれば、生産性を上げるしかない。もはや目に見えて人も足りないのだから、少ない人数で効率良く回す、単価上げて稼ぐしかない。でもそのためのやりかたを学ぶ場、学べるインフラがなければムリ。知恵を共有する、教え合う場所が必要。
みんなで学べる場所、機会をつくるのであれば、誰かが船頭になってピンポイントで地元の名士、キーマンをつかまえてつくるのが一番早い。稼いでいる会社の人で地元のために何かしたいというタイプの人間はこういう話はわりとピンと来る。
じゃあ誰がやれるのか。公共機関たる図書館からは動きづらい。ということは書店が働きかけるか、あるいは別の誰かが書店を巻き込むかたちで話をもっていくしかない。
それで図書館を一部使ってそういう場を作る、あるいはみんなで学べるように民間企業ないし個人有志から年間数十万円なり数百万円なり図書館に予算を寄付する(そのぶんはこの動きをつくった地元書店から納本されるように調整する)。図書館予算全体からしたら金額は大きくなくても、そういう動きが民間サイドから起こりました、さらにそのあと「地元企業で何か新しくこんなの始まりました」とか「生活保護受けてた○○さんが、受けなくてすむようになりました」とかなったら、うちもちょっとお金出そうかなという会社がほかにもぼちぼち出てくると思うし、それに図書館も絡んでいたら役所も図書館の予算を削りづらくなるだろう。地元の祭りに地元民・地元企業が寄付や協賛するように図書館・本も使った本も学びの予算も、直で地元民からも募るようにして補完していく。
具体的にどういう人たちに、どういう言い方、もっていきかたをするのが最適なのかはもちろんケースバイケースだろうが
・自治体財政の枠組みの内部では、増大し続ける民生費とのトレードオフという問題からは逃れられない。
・役所の人間に「人的資本投資という考えから言えば、地元経済のためにも社会教育費は削るべきじゃない」と言っても、正直民間人と比べたらピンと来る人はおそらくいない。いても、組織=予算取りが縦割りのなかでは財政課も教育委員会もたぶんどうにもしがたい(政治家のほうがまだわかると思うし、予算配分に対して介入の余地もあるだろう)
・活路は外側にある。地元企業の人間なり、地域活性化させたいと言っている民間人を巻き込んで、本を使ってお金がうごく場作り、継続的なイベントを設計することで図書館にも人やお金が流れるようにする
・学びのツールのひとつとして本を使うならやはり、本屋が民間サイドの代表のひとりとして動くか、そこまで前に立たないにしても、出版流通のことをよくわかっていない人たちが出すアイデア(むちゃぶり)を現実的な落としどころに調整する役割と、本の調達を引き受ける
のが良いのでは、と思う。
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