図書館は本を借りるだけの場所じゃないし、読書はひとりで静かにするだけのものじゃないし、書店は「知の拠点」に集約されるものでもない
ジュンク堂書店 池袋本店で2026年08月15日(土)14:00~から吉成信夫さんとの対談イベント「読まない・読めない人も巻き込む言葉・本・読書の場のつくりかた」を開催する。
新刊『ゆる読』のテーマのひとつは「読書の定義や読書観を広げれば、もっと読書は広がる」というものだ。
そしてそういう取り組みを日本でもっとも実践している場所が岐阜のメディアコスモスであり、メディコスがそういう空間になったのは、初代プロデューサーの吉成さんがさまざまなひとをつないだからこそである。
読んでない人はぜひこの機会にジュンクで吉成さんの本を買ってほしい。
イベントの案内文にも書かせてもらったが(ほぼ私が考えたものはそのまま載っている)、私は書店や図書館を「知の拠点」と呼ぶとか、金輪際やめたほうがいいと思っている。「知」以外のものもいろいろあるのに、なぜそこに押し込めないといけないのかがわからない。
ステレオタイプな書店、図書館、本、読書に対する見方や言いまわし、常識が「いつものひと」しか集まらない状態をつくりだしてしまう。
吉成さんはまず市立図書館であるメディコスを「声を出してもいい場所」にした。子連れでも安心してこられる場所にした。べつにすべての図書館がそうである必要はないし、ある図書館のすべての場所がそうである必要もない(メディコスも県立図書館との棲み分けが前提になっている)。でもそういう場所もあることによって「いつものひと」以外も行きやすい場所ができる。
どうして外にひらかれていたほうがいいかといえば、私の本のタイトルにあるように「9割の日本人」は書籍を月2冊以下しか読まないからだ。そんなにたくさん読まない・読めないひとのほうが圧倒的なマジョリティであるにもかかわらず、読書推進や書店振興、図書館利用促進を考えるのは、たいていいつも残り1割側にいるマイノリティである。そして1割の人たちが1割の人たちに向けて発言し、施策をし、エコーチェンバーのなかでぐるぐるこだましている。
ガッチガチの読書観をほぐしてゆるめて解き放つことで、読む行為をもっと入りやすい場所、引き寄せられる場所にしたいのだ。身体性や感情をともなうものだという認識をあたりまえにしていきたい。
そういう話をするお相手として、語りを聞いた人たちに説得力をもつ存在は、吉成さん以上の適任者が思いつかなかった。
東京のイベントで、配信等も予定されていないので来られないかたも多いと思うけれど、お近くのかたはぜひ。行けないぞ、というひとは、あらためて両者の本を合わせて読んでもらえれば「そういうことか!」と合点がいくと思います。
もうひとつが2026年9月5日(土) 19:00から名古屋のNAgoyaBOOKCENTERで開催されるトークイベント「書籍をあまり読まない方が9割」の世界で本にたずさわる人たちにかんがえてほしい10のこと」だ。
店長の藤坂康司さんについてはインタビューを読んでほしいが、藤坂さんもZINEのタイトルにあるとおり図書館を「本をかりるだけじゃない」場所として運営したひとである。
このZINEは総ルビなのだが、それは藤坂さんの図書館での経験からそうしている。
なお、『ゆる読』も総ルビである。
なぜかといえば、本のテーマがそういうものだからである(本当は全著作そうしたいけれど)。
文化庁「国語に関する世論調査」などで書籍を月7冊以上読む日本人は青年以上になると人口の2~3%しかいないとわかっている。一方、ディスレクシアやディスグラフィアの研究や調査を通じて、おそらく日本人の1割以上が漢字の読み書きいずれかに困難を抱えていることもわかっている。
本読み・本好きよりも漢字が苦手なひとのほうが何倍か多いのに、後者を無視したり軽んじたりしていいような風潮が出版・読書界隈にあるのは、まったくおかしい。
もちろん、数が少なかったら軽んじていいということではない。数云々を持ち出すひとたちは費用対効果やマーケットの規模、経済合理性がないとかいう理屈でアクセシビリティ対応を却下しがちなので「あなたがたの理屈からいうと、そちらのほうがおかしいことになりますよ」という話だ。
ただ拙著、こういうことを書いている本であるにもかかわらず、編集者からも営業からも(さらには営業がヒアリングしたという書店員からも)「総ルビは読みにくいからやめてほしい」と言われ、実現まで、ふた悶着くらいあった。
個人的には児童書や少年マンガをふだんから読んでいるので「総ルビが読みにくい」という感覚があまりわからないのだが、そういうテーマを扱っており、かつ、ちょうどルビ本が盛り上がっているなかで「総ルビはちょっと……」とか言われたので、壁の厚さを感じた。
ちなみにほかにも最初に送られてきたカバーデザイン案を見たら、マス目のある原稿用紙をモチーフにしたデザインが施されていたり、「白地に赤文字」という色覚特性のある人の一部が見づらいと言われている典型的な色使いで書名が書かれていて、ぜんぜん本の内容とかみ合っていなかったので、頭を抱えてしまった。
出版業界のアクセシビリティ意識というのはそんなものだし、「読書の本」のイメージもまた、まだまだそんなものなのである。
ますます、どうにかして変えていかないとまずいと思った。
アクセシビリティ対応、読書バリアフリーを「マイノリティのためのもの」として位置づけているかぎり、マジョリティ側に立ち、多数派のために政治や商売上の施策は行われるべきだということを疑いもしないひとたちは動かせないのである。
だからこそ「アクセシビリティは9割側の人間のために必要」という発想をひろめていきたいし、くりかえすが、げんに、ひとそれぞれに異なるいろいろな理由によって読まない・読めないひとのほうが多数派なのである。
イベントに集まってくださった方々といっしょに、今後について考えていけたらありがたい。
8月初旬刊なので、推しの書店にぜひ注文・予約おねがいします。
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