兵庫県の本屋の本

10月末に兵庫の書店組合で講演するので兵庫県の新刊書店や古本屋について少し調べた
飯田一史 ichishi iida 2025.10.13
誰でも

講演などで書店や図書館から声をかけていただいたらその土地の本屋、図書館について時間が許す限りなるべく調べてからうかがうことにしている。

兵庫というより神戸の新刊書店の歴史をたどるなら今年出た『神戸元町ジャーナル』が参考になる。

兵庫発の本屋といえばジュンク堂書店である。

あ、ジュンクといえばジュンク堂書店池袋店で11月23日に木下通子(みちねこ)さんと「10代の読む・書く」をテーマに対談するので若者の読書、作文についてご興味ある方はぜひ。オンラインもあります。

ジュンク堂書店は公式の社史は刊行されていないが、紹介本としては上記がある。
同書によれば1976年に神戸最大の繁華街・三宮のセンター街にジュンク堂書店は340坪、専門書重視の大型店として出店。当時、近隣書店は大きくて100坪程度だったという。
さらに1982年、神戸市がJR三宮駅東側に再開発したサンパルビル3Fに約300坪で出店。一駅に2店も出すのは無謀と言われたが、専門書の取り揃えをより強化することで定着した。
1988年には京都に多階層・450坪で出店。ほかの都道府県へと広げる。

ジュンク堂書店が1997年に東京・池袋に進出した背景を調べると「おや」と思う記述に出会った。

 東京進出のきっかけは95年の阪神・淡路大震災だった。当時、兵庫を中心に国内外7店舗を展開していたが、その多くが被災。社員の仕事を確保するため、震災翌年に大阪・難波、その翌年に池袋-と大型店を相次いで出した。
 岡は池袋がどんな街かさえ知らなかった。「埼玉方面からの玄関口と知ったのは開店してから」と笑う。場所は、駅から少し離れた1・5等地。それでも岡の脳裏には、繁華街から離れた神戸のサンパル店の成功があった。
 「話題の本を大量に売るのでなく、本の種類をそろえる。そういう店をつぶすな、と多くの人が応援してくれた」
 サンパル店誕生の原点は、面積が狭く十分な品ぞろえができなかったセンター街店で「大阪まで行かなあかん」という客の言葉に抱いた、じくじたる思い。だからこそ種類の多さにこだわった。その店作りは「こんな本屋で働きたい」と若者をも引きつけた。神戸で育った人材は今、池袋など全国の店で中核を担う。
神戸新聞「<新兵庫人 輝く>第15部 東京を彩る(3)暮らしに根付く 本当の魅力とは…答え探して 未来のまち 続く試行錯誤」(2010.06.20 朝刊)

一般的には、1990年代以降の大型書店、メガ書店の出店の理由は3つ挙げられる。
・大店法の改正および撤廃してまちづくり三法が制定されたことで大型店舗の規制緩和が進んだこと
・バブル崩壊後に商業ビルからのテナントの撤退が相次ぎ、それまでの基準からすると格安な家賃で大手チェーン書店へ営業がかかったこと
・取次が大手チェーン店の大型書店出店児の仕入代金を数年単位でツケにしたこと
である。好立地に、初期費用が相対的に少なく店を出せた。
これまた一般的に、阪神・淡路大震災によって神戸の経済は書店に限らず大きなダメージを受けたと言われている。
ところがジュンク堂書店は震災を機にむしろ攻めに出た、と神戸新聞の取材記事では書かれている。

もっとも、 ジュンク堂書店の名物書店員のひとりである福嶋聡『希望の書店論』(人文書院、2007年)では、 1994年頃には自動発注システム等の開発・導入を済ませ、全国展開を視野に入れていた、とある(29p)。であれば、震災がなくても出店していたのかもしれないが。

福嶋は書店POS導入、書誌データ活用に肯定的な論客だった。
1991年刊の『書店人のしごと SA時代の販売戦略』が代表だが、当時、書店SA(ストア・オートメーション)は喧伝されていたが構想すら定まっていなかった時期であり、論争の的となった。

セブンイレブンのPOSレジ活用による雑誌売上の急伸(町の本屋からすれば売上の急落)を受け、日書連が対抗せねばと最初に会合を持ったのは1980年代初頭である。それから10年経ってもまだ「定まっていなかった」こと自体が今となっては逆に考えさせられるところだが……。
福嶋の諸著作をもとに簡単に流れ、関連書籍をまとめると以下になる。

1972 渋谷・大盛堂書店、「出版ニュース」の新刊目録を使った図書カードシステムによる読書相談センター開設
1975頃 ほかにも先進的な書店が新刊情報サービスを導入
1976 日本で国際出版連合大会(IPA)開催、ISBN導入の勧告がなされ、国立国会図書館からも要望が出る 思想統制、個人情報の国家管理につながるとの危惧が出回る
1977 日本書籍協会編『日本書籍総目録』創刊.大手取次による新刊情報開始
1981 ISBN導入
1982 アメリカのダルトン書店、コンピュータを全店レジに直結させ、データを出版社と共有
1991 福嶋聡『書店員のしごと SA時代の販売戦略』 書店SAは喧伝されていたが構想すら定まっていなかった時期。論争の的となる
1994 永井祥一(講談社)『データが変える出版販売』1994
1997 福嶋聡『書店人のこころ』
2000 湯浅俊彦『デジタル時代の出版メディア』
2004? JPO、出版物への電子ICタグ(RFIDタグ)挿入の実証実験を経産省の補助金を受けて開始
2005 湯浅俊彦『出版流通合理化構想の検証 ISBN導入の歴史的意義』

ジュンク堂では、自動発注システムの導入以前はどの本が売れたかをスリップ整理や欠本調査をして把握し、人力で発注しないと棚がすぐ荒れていたが、以降、あるていどはテクノロジーで補えるようになったと、ある。もっとも、専門書がわかる人材の獲得・育成がジュンク堂書店の強みであって、人がいなくてもどうにかなるという話ではないけれど。

なんで兵庫の本屋の話でPOSの話をしてるんだと思ったかもしれないが、2013年に閉店した神戸・元町の海文堂書店について書かれた『海の本屋のはなし』では、冒頭に海文堂はレジが壊れてもPOSレジを導入しなかった(本の検索システムは神戸で最速クラスにすぐ導入したのに)、という話がある。主にコストが理由だったようだが、日書連の2016年調査でもPOSレジ導入店は3割くらいしかなく、今でも県によっては組合加盟書店の1~2割しか入れていない。これでRFID導入とかいっても費用がPOSよりよほど安いとかにならなければ中小書店でリープフロッグは起こらないだろう。

海文堂は、平清盛が日宋貿易をしていたころから港町として栄えていた神戸らしく、海事書を中心にした町の本屋だった。
POSを率先して入れたジュンク堂は、ある意味では対照的だったとも言える。けれどジュンク堂は長く兼業に対して禁欲的で、専門書を中心にした「本屋らしい本屋」であることが特徴的だったから、その点では共通点もあったと思う。

兼業といえば、尼崎の小林書店は傘を売りまくっていた。なんのこっちゃと思う人も多いだろうが、それは川上徹也『あの日、小林書店で。』を読んでもらえばわかる。

また、兵庫には書店がファミマと兼業に転じたファミリーマート西村書店加西店がある。

西村書店は1955年に同市内で創業し、西脇市と兵庫県播磨町にも店舗がある。
加西店の売り場面積は約710平方メートルで、100坪(約330平方メートル)を超える書店とファミリーマートの一体型店舗は全国初という。書店部分には絵本から専門書まで約10万冊が並んでいる。
同書店によると、書籍とコンビニ商品を一緒に購入する客の割合は約6割。レジ通過人数と売り上げは書店単体時代の1日平均から倍増した。女性誌や児童書の売り上げも伸びており、田中俊宏社長(58)は「毎年5%ほど売り上げが減って苦しかったが、立ち寄りやすい楽しい空間にできたのでは」と手応えを語る。
神戸新聞2018年5月22日夕刊「<news深化系>本屋生き残りへ異色のタッグ 書店+コンビニ=売り上げ2倍 加西「夜でも」「くつろげる」」


うちの近所にも業務スーパーと兼業している郊外型書店がある(TSUTAYAのレンタルコミックスペースやDVD、CDを縮小し、そこに業務スーパーが入った)。郊外、地方都市では来店頻度を増やすために食品その他の小売と兼業するのはアリだと思う。アリだと思うがしかし、本来「本屋をやりたい」だけの人が兼業を強いられるのは健康的ではない。

海文堂も小林書店も閉店した。通っている人にとって「良い本屋」「本屋らしい本屋」であることが経営が良好であることとはイコールではないし、中小書店では店主やスタッフの健康問題で事業継続が困難になることもめずらしくない。
私が『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』で言いたかったのはとくに前者の、個人や一法人の努力でどうにかできるレベルを超えた構造的な課題の存在である。そこに手を付けないことにはどうにもならない部分もある、という話だ。

 

なお兵庫、とくに神戸は古本屋も充実している。古本のほうはこの15年くらいの神戸新聞の記事検索をしてもけっこう記事になっていて、あたらしい店もできている。
そのエリアの本をめぐる環境を語るときには古本屋や図書館もみる必要がある。

出版社のほうに目を向けると、苦楽堂(神戸市)やライツ社(明石市)が兵庫の出版社としては著名だろう。

行政も明石市は「あかし本のまちビジョン」を掲げている。

神戸市もこの9月から「みんなの本屋講座」を始め、書店の開業を促進している。

どちらも始まったばかりだから、これからどうなるかに期待したい。

兵庫らしい、あるいは神戸らしい、明石らしい、尼崎らしい等々の本と地域の結びつき、本屋の特徴について結論めいたことを書けるほど知識はないが、現地の方と話すなかで少しでもつかめたらと思っている。
地域の本屋や組合の本を読むと、全国的な業界団体が書いた本を補うようにして「それでそうなったのか」と意外な事実が差し挟まれることで歴史が立体的に浮かび上がってきたり、そのエリアでは全国的な傾向とは違っていたり、もちろん、個別のお店ならではのエピソードもあり、おもしろいので旅行のお供などにもおすすめです。

■告知

今村翔吾先生のYouTubeチャンネルに出演しました。琵琶湖畔の風光明媚なところにある事務所にお邪魔しました。動画になっていない(できない)部分で今後の今村さんの書店振興についての構想をうかがったのですが、なるほど!というプランでした。実際動き出したら応援したいと思っています。

10月23日(木)の16時30分から図書館総合展@パシフィコ横浜でサイン会します。本もう買ってるんだよね、という方もぜひ遊びに来てください。

福井県立図書館で11月1日(土)に若者の読書について講演します。「本離れ」にしても「国語力」「読解力」にしても、まず人によって言っていること(指し示しているもの)が違う、ということから確認する必要があります。

11月8日(土)14:30~の全国大学国語教育学会・公開講座「研究にもとづく授業づくり③―中学校・高等学校における読書指導を考える―」にて中高生の読書の現況についての話題提供(20分くらい発表)とその後のパネルディスカッションに登壇します。オンラインです。お申し込みいただければどなたでも参加できます。

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