インドの出版産業
業界団体や国が主導した調査がなく、信頼できそうなものはNielsen BookDataがFederation of Indian Publishersの協力を得て実施した2015年・2022年のレポートと、EY-Parthenonによる2022年のレポート、それらに対して批判的に検討するThe Caravan Magazineくらいしかないからだ。
ともあれどんなものなのか見ていこう。
■画期的だったNielsen調査(2015年)
インドでは最後に国内で自発的に発表された包括的な業界レポートは1976年にデリーのシンクタンクである応用経済研究全国協議会が発表した「インド書籍業界の調査」であり、以降、四十数年にわたって統計が存在してこなかった。
そんな暗黒の業界においてNielsen BookDataと、インドにオフィスを構える外国の出版社を代表するインド出版社協会(API)および民間出版社の公式業界団体Federation of Indian Publishersというライバル関係にある両団体が協力した報告書『インド書籍市場レポート2015』が発表され、衝撃を与えた。同調査は
・国内の販売データを追跡している唯一の機関であるNielsenが2010年から開始した、インド出版市場の約30~40パーセント(主に一般向けフィクションおよびノンフィクション書籍)を追跡するサービスBookScanに基づく。当然ながらPOSを使っていないような書店は対象外である。
・100人以上の業界関係者へのインタビューおよびオンライン調査
・2,000人の都市部の消費者調査
からなる。
・市場の現状と予測
Nielsenが把握しただけでもインドには9000社以上の出版社が存在し、新聞や定期刊行物は20以上の言語で発行され、ヒンディー語と英語のものが最多。雑誌が出版市場に占める割合は小さい。
・9,037の出版社のうち、8,107が学校、大学、高等教育機関向けの書籍を出版。一般書籍を出版しているのは930社。2013年から2014年の学校向け市場は186億ルピー、高等教育向けの書籍市場は56億ルピー。一般書市場は186億ルピー。
2009年の全国青少年読者層調査では、人口の3分の1が13歳から35歳であり、そのうちの25パーセントにあたる8,300万人が本を読んでいる。うち53%は農村部に住み、58%は高校卒業レベル以下。カリキュラムに基づく読書や職業スキル習得のための読書が、若者の読書パターンを支配している。なお、教育関連書籍の3分の2、一般書では90%が英語で書かれた書籍である。
識字率は7割程度。
人材開発省傘下の独立機関である全国教育研究技術協議会(NCERT)が国内最大の出版社である。NCERT以外にも、NBT、Sahitya Akademi、出版部門などの機関を通じて行われる出版プログラム、および公共部門で出版を行う400以上の機関により、インド政府が国内最大の出版機関となっている。教科書も出版市場に含んでいる点に注意が必要だ。
・外資(おもに英語出版社)の参入状況
商業出版の英語版は1985年にペンギンブックス・インディアが設立されたことでインドで本格的に始動。その後20年以上にわたり、業界経験を持つ専門家たちが地元の独立系出版社を設立してきた。
出版市場の拡大に伴い1990年代後半にはScholastic、Pan Macmillan、HarperCollins、Springer、Elsevierなどがインドに支社を設立。当時、外国企業はインドの出版会社の株式を49パーセント以上所有できなかったが、2000年に書籍出版への外国直接投資の制限が撤廃されると、アシェット、ランダムハウス、サイモン&シュスター、ブルームズベリー、ハーレクインなどが続いた。現在、インドの多国籍出版社はほぼすべてが親会社による完全所有企業である。
多国籍で大手の商業出版社は、毎年少なくとも200タイトルを出版。独立系出版社は年間10~20冊のペースで本を出版。しかし印刷からマーケティング、流通、事業継続まで、大きな困難に直面している。
インドでは教育のための読書が、娯楽のための読書よりもずっと重視されているが、グラフィックノベル、ヤングアダルト小説、ファンタジー、さらには宗教、精神世界、ニューエイジ哲学、自己啓発などは、世界的な傾向と同様に、インドでも人気を博している。
Katha、Tulika、Tara、Ekalavyaといった著名な児童書出版社は1990年代以降に登場する。だが1957年に漫画家のシャンカル(Shankar)が設立し、子供向けのイラスト入り書籍の出版を手がけるChildren’s Book Trustや、手頃な価格の児童書の出版を使命とするNBTは、多言語の書籍リストを揃えていることで今でも重要な存在となっている。
・一般書店のシェアは4%、一般向け書籍は小売市場全体の1%未満
小売部門(つまり一般書店)のシェアはわずか4%しかなく、書籍は小売市場全体の1パーセントにも満たないにもかかわらず、2万1000店を超える店で販売されている。
インドの書籍流通システムは複雑で、書籍が最終ユーザーに届くまでにかなりのリードタイムを要する。また、ほとんどの地域言語出版社には正式な流通ネットワークが存在せず、友人や家族が経営する小売店やブックフェアを通じて販売せざるを得ず、販売範囲が限られている。
2007年にECサイトFlipkartが立ち上げられた際には、出版社と緊密に連携して書籍をオンライン販売に登録し、その結果、出版社の売上も向上した。
しかし無差別な値引きが書籍の価値に対する認識に悪影響を及ぼした。値引き価格は原価を下回ることも多く、他の場所で販売されている書籍は高すぎるという印象を顧客に抱かせている。
インドの書籍市場は価格に敏感で、衝動買いはほとんどない。紙や印刷などの出版の直接費用は上昇し、中小出版社ではなんとDTPにいまだ移行していない。
インドの各言語による書籍の販売は、Flipkartが出版社の取り込みに乗り出したあとで販売数を伸ばした。同社はインドの言語の出版社に対してメタデータ(書籍に関する詳細なデジタルデータで、オンラインカタログ作成に使用)の不足、ISBNコードの欠如、物流の不備といった課題の解決を支援。これにより出版社は販売網を拡大、複数のプラットフォームを通じてオンラインで書籍を販売するようになった。
・Nielsen調査の限界
ただしBookScanではほぼ英語の本しか把握できていないのがこの調査の重大な限界である。対象外となっている出版社、インドの各種言語で書籍を出版している出版社がカウントに加われば、各種数字は増えるだろう。
また、この報告書に記載されたインドの言語による出版に関する数値は全タイトル調査ではなく、都市部における消費者購入のサンプルに基づく。販売された一般書の55パーセントは英語、残りの45パーセントはインドの言語。そのうちヒンディー語が35パーセント。
これはあくまで都市部のサンプルにすぎず、地方の実態は反映されていない。
■EY-Parthenonの報告書とstasistaの予測
EY-Parthenonの報告書では、インドの業界全体の市場価値は2019年の5000億ルピー(67億米ドル)から、2024年には8000億ルピー(107億米ドル)に達すると予測。
一方、stasistaは2024年の市場規模は7000億ルピーを超えると予測。
statistaも「インドの書籍市場は規模が大きいものの組織化されておらず、実態把握は困難」としている。
近年の動向としては、Amazon Kindleなどが電子書籍消費とデジタル出版を促進し、Livemint、The Hindu、The Economic Timesなどのデジタル新聞がオンラインニュースプラットフォームの中でも人気になったが、英語以外の言語を使用するネットユーザーの多くが言語の壁に直面しており、普及は限定的だという。とするとほかの出版物も同様だろう。
オーディオブックでは、さまざまな地域言語でより幅広いコンテンツが消費されている。Storytel、Audible、Kuku FMなどのプラットフォームがこの分野をリードしている。
※ためしにKuku FMを使ってみたが、(当たり前だが)英語でもインドなまりがすごくて全然聞き取れなかった。
■古本市場
市場概要 インドの中古書籍市場は、2023年の7億8104万米ドルから、2032年には14億1193万米ドルに成長すると予測されており、2024年から2032年の年平均成長率(CAGR)は6.80%。
識字率と教育熱が高まり、手頃な価格の本への需要が高まっているため。
デリー・ブックフェアやチェンナイ・ブックフェアなどでは、古本専門のコーナーが設けられている。
新刊市場が18億ドルに対し、古本が8億ドルもある。