イベント「行政マンとして図書館員が忘れていること」に登壇して話したこと

イベントで語ったことを事前に用意したメモを元に書いておきます。
飯田一史 ichishi iida 2022.09.03
誰でも


この記事をきっかけに実現したイベントです。


■図書館予算のDMU(意思決定者)は誰か?

――内野安彦『行政マンとして図書館員が忘れていること』をどういうきっかけで手に取ったのか?

Twitterで人文書の新刊情報を紹介している「猫の泉」「悪漢と探偵」をフォローしていて、どちらかが流していて引っかかった。「行政マンとして」というワード。図書館と行政を紐付けて考えたことがなかった。言われてみればということで気になった。

おそらく図書館利用者の多くも図書館の機能や蔵書、サービスに関しては興味があっても、あるいは出版業界人であれば本を買ってくれる場所、読んでもらう場所としての関心はあっても、行政のなかでどんな位置づけなのかということは実はあまり考えたことがないと思う。

でも公共図書館の予算減の話はよく出るわりに、どうやって誰が予算を決めてるのかは知らない。でもそのメカニズムは行政マター以外の何者でもないよな、と。

僕は最終学歴が経営学修士で、経営学というかマーケティングの世界ではDMU、購買の意志決定者が誰なのかということに注意を払え、と言われる。たとえば未就学児向けの本を例にあげると、絵本、児童書を読むのは子供、買うのは大人。保護者や幼保の先生、司書がどれを買うのか、あるいは予算はどれくらいまでOKなのかを決める。つまり本の受益者は子どもだが、購買の最終的な意志決定者は大人。だから子どものほうだけ向いて本を作っても、大人から受け入れられなければ売れない。こういう、ユーザーとサイフの紐を握っている人がズレる場合、受益者と購買意志決定者それぞれのニーズが異なり、両方見ていかないといけない場合に、DMUという概念は有効に機能する。

図書館もビジネスとして捉えた場合、日々使っているユーザーは市民だが、市民が直接的に予算を決めているわけではない。図書館サイドからこの商売を見ると、図書館対市民のBtoCではなく、政治・行政からお金が図書館に動き、図書館が市民にサービス提供するというBtoBtoC。図書館にお金を出す人、図書館予算のDMUは、サービスを提供する対象である市民とは別にいる。だから図書館が予算減らされているとしたら、市民との関係だけ見ていても不十分なのであって、図書館とDMUとの関係に問題がある、ないし図書館サイドがDMUのニーズを汲み切れていないんだろうなと。内野さんの本を読んで僕はそういう風に頭が整理できた。

そういう話を記事にしたら反響があるのではと思って現代ビジネスに提案したら、担当者も「おもしろそうですね」と。それで取材を申し込んだ。

■図書館員にはマーケットインの発想が求められる

――自治体の中で図書館はどんな存在に映っているのか。内野安彦『行政マンとして図書館員が忘れていること』を手に取ってから見方はどう変わったのか。

「自治体のなかの図書館」という発想自体がもともとなかった。どんな本や雑誌を所蔵しているのか、どんな検索サービスが利用できるのかという視点でしか見てこなかった。あとは僕が関心がある子どもの本に関して言うと、ブックスタートをはじめとする読書推進の活動や政策と関係する部分とか、公共図書館における児童やYA向けのサービスの部分しか見ていなかった。

内野さんの本を読んでから思ったことは、まさに自治体、その地方・地域に対して図書館が果たせる役割は大きい、ということ。

――なぜ、図書館は年々予算を減らされてしまうのか?

このイベントでファシリテーターを務めていただいている広瀬容子さんの『ライブラリアンのためのスタイリング超入門:キャリアアップのための自己変革術』は、図書館員が持っている価値も、見た目がださいと伝わらない、専門知識があるとか賢くて頼れるみたいなイメージを持たれないからスタイリングに関心を払ったほうがいいという内容。

実はこのイベントに登壇している3人に共通しているのはそれ。外からどう見えるか、いかに価値を感じてもらうかが大事なのに、図書館業界はそこの意識がやや欠如している、という視点。

図書館員は「自分たちがどう見られているのか」「受け手は何を求めているのか」という外側からの視点、相手側のニーズを想像して打ち手を考えるというマーケットインの発想が希薄なのでは。こちらが作りたい・売りたいもので勝負するというプロダクトアウトがいきすぎて受け手=市民、行政から価値が理解されていないのでは。そこに至れば変わるはず。

たとえば、図書館側は貸出冊数をKPI(評価指標)にしてきたが、実際には貸出が増えても予算が減らされている。指標として機能していない。つまり予算を付ける側は別の評価軸で図書館を捉えている。ではそれは何なのか、図書館とはどんなものであるべきだと捉えているのか、これを把握する必要があるし、そこを突くロジックを組み立てないといけない。

――図書館に向けられた市民の声は行政内で反映されていると思うか。

そもそも市民は今そんなに声を向けていないと思う。せいぜいこの本を入れてほしいというリクエストを出すとか、子育て世代が子連れでも利用しやすくしてほしいとか。

僕自身、図書館に関する要望を図書館員に対しても政治家に対しても出したことがない。原稿で図書館かくあるべきではみたいなことを書いたことはあったかもしれないけど、どちらかというとそれはマクロな話であって、文科省とかに対してこれでいいのかという文脈で書いてきた気がする。

じゃあなんで声を届けてこなかったかと言うと、失礼な言い方になるが、「図書館について何か言ったら変化が起きる」というイメージを持っていなかったからだと思う。だから日本の図書館の歴史に関する本を読んで、石井桃子の影響を受けた人たちが公共図書館の児童サービスを充実させろと働きかけていて少なからず実現に影響を及ぼしたという記述を見ると、へえ、そんなことができた時代があったんだなという他人事みたいな感想になる。

でもよく考えたら今でも「こうしてほしい」と住民が声をあげれば変わる部分はあるはずで、じゃあなぜやらなかったかと言われればそもそも図書館や地方議会、首長に対して期待していなかったというか、そういう発想自体が選択肢になかったからと言わざるをえない。

僕以外にも潜在的には図書館に対して「こういうものがあればいい」とか「こうなってほしい」と思っている市民はたくさんいると思う。

でも具体的にアクションを起こす以前に、アクションを起こしたら変わる可能性があるというイメージがないし、どうやったら変わるのかという手順、方法論を知らない。せいぜい感じている不満をSNSに書くくらいだと思う。

これは市民と図書館の関係がある意味で途切れている、あるいは政治や行政と図書館のイメージがそもそも結びついていない、いったいどういう関係性にあるのかが市民側に全然伝わっていないがために生じている。

首長や議員に働きかければ図書館変わりますよとか、役所のこういう場所に要望出したら変わる可能性ありますよと言わたら、「そうなんだ!やってみようかな」と思う人は潜在的にはいっぱいいるはず。

内野さんの本は、図書館員に対して示唆深いだけでなくて、利用者である市民側にもそれを気付かせてくれる。

■図書館を使えば何ができるかを示すページ、誘導のための導線がウェブにない

――行政や市民から期待されるために、図書館員がやるべきことは。

図書館や役所のサイトやSNS上で「図書館を使えばこんなことができます」「こういう困りごとの解決に図書館はこんなことができます」「うちの図書館はこういうこと、こういう場所を目指しています」「こういう街づくりをしていて、だからこれに力を入れた図書館づくりをしています」みたいなイメージをもっと具体的にいくつか示してほしい。

図書館のトップページから「利用案内」に飛ぶとだいたいまずカードの作り方と開館日時と場所の話になる。

でも普通、企業のサイトだったら「われわれはこういうものを目指して、こんなサービスを提供しています」というところから入る。理念や活動紹介を伝えるページが絶対ある。ビジョン、ミッション、最近だとパーパスの説明がだいたい書かれている。

でも図書館のサイトにはない。いきなり具体的なサービスの使い方や場所の話から入る。何のためにそういうサービスが存在するのか、何をめざして運営されている場所なのかが役所や図書館のサイトを見てもさっぱりわからない。これは有名な図書館でもだいたいそう。

しかしユーザー側からすると何のために存在していて、そのための手段として何を提供している場所なのかイメージできないところには絶対行かない。何ができるかわからない場所に行くわけがない。行ったとしても自分が知っている範囲での使い方しかしない。

個別のページ構成もそう。「中高生のページ」とかに飛ぶといきなり「おすすめの本」になる。利用者からすると困りごととかニーズの分類が示される前にいきなりおすすめされても借りるわけない。どんな状態の人の、どういうニーズに対して、なぜおすすめしているのかという情報がなくて、いきなり「おすすめしています!」になる。

「進路で悩んだら?」「勉強の仕方」「興味関心を学問的に深めるには」「調べ学習のサポート」「流行りの本」とか、入口をまず利用者目線にしてほしい。

館内ではそういうディスプレイや企画をやっているし、聞かれたら答えることは知っている。でも多くの人が調べるとしたらまずウェブで、そこがそういう建て付けになっていなかったらそもそも図書館に足を運ばない。

ビジネス情報ページにしても、いきなり企業情報や統計調べるには、みたいなことが羅列されている。利用者目線からしたらいきなり特定企業の業績を調べようとはならない。たとえば飲食店経営を考える人なら、そもそも開業するには何したらいいのか、どれくらい儲かるものなのかを知りたいだろうし、従業員の採用や教育、キャリア、人間関係に悩んでいる人はこんな資料がありますよとかこういうイベント、企画やってますよとまず示してほしい。利用者の心情に沿った入口を用意してほしい。そこから入って、さらに調べるにあたって交通量や人口や所得を調べる、みたいな流れになるはずで、最初に政府刊行物とか統計の数字から入るなんて人はいない。

たとえば観光業、インバウンドも国内旅行者も含めて地域の重要な産業だが、旅行者は、その地域ならではのもの、ストーリーを求めている。「地域資料は大事だ」とよく言うけど、それだけ言われても地元の人間にとっても正直「はあ」という話。僕が中高生だったら見向きもしない。でも地元でビジネスしている人が、うちの町のこれを食べてほしい、これを売っていきたい、盛り上げていきたいというときに歴史を参照して対外的にプレゼンテーションすることは有効になって、そのときに地域資料は意味を持つ。あるいは商売する上で頭に入れておいたほうがいいような人口動態だとか産業統計を扱った資料も図書館にはある。

ところが内野さんの本を読むと、図書館員の方はあまり地元の政策であるとか県議会、市町村議会の議論に関心を払っておられないと書かれていて、それはもったいないなと。地域課題や住民の関心と関連する本や企画、イベントが図書館にあれば利用するし、アピールの仕方次第で今以上にもっと存在価値を感じてもらえるはずなのにな、と。

「こういう方はこういうものをどうぞ。図書館ではこんなことがわかります」という例示が2,3あれば、ああ、じゃあ自分はこういうことを知りたいんだけどということでやっと図書館員に相談しようかなと思える。

日本図書館協会がそういうページを作って、Googleの検索広告枠を買って、いくつかのワードで検索したら図書館のサイトが上位表示されるくらいのSEOはしたほうがいい。

「子育て 情報」のような大きい言葉だと単価が高くなるが「最寄りの駅名+子育て」とか「市区町村名+子育て」くらいなら地方であればほぼ競争なしで低単価で広告表示できるはず。

何か知りたいこと、困ったことがあったら図書館に行けば必要な情報が手に入るかもよ、と教えるような導線がウェブ上に存在しない。図書館のサイトにもないし、役所のサイトにもない。

図書館のサイトは図書館の使い方、ものの調べ方がわかってる人にしか開かれていない。でもそんな人ばかりではない。

SNS運用もそういう目線で発信したら変わる。SNSも同じで、だいたいイベント案内やコーナー紹介。でもなぜそういうイベントをやっているのか、コーナーを作ったのかの目的説明が書かれていないし、どういう人に来てほしいのか、ターゲットや想定ニーズの説明が書かれていない。なんかやっていてそれがいつからいつまでなのかという開催期間と場所のはわかるけど、誰に向けてどんな価値を提供したくてやっているのかがわからない。それで人が来るわけがない。それを読んだ人からすると、ここにいったら何がいいことがある、おもしろいことがある、得することがある、たのしいみたいなイメージが湧かないと行かない。

市政だよりなどでは発信しているかもしれないけど、ウェブ上にも必要。

■誰にどう働きかけていくか

――現在の社会課題解決のためとからめ、確実に予算がつく位置づけを考えるとしたら、どんなアイデアがあるか?

確実ではないが、教育政策、人生100年時代にふさわしい生涯教育機関としての図書館、学校図書館を使って行われている教育、知的生産術の大人版を提供する場所というイメージを作る。

大々的な成功事例を作る。役所の人も経済界も日本人はとにかく前例、事例をほしがる。ないと動けない。地元の産業に貢献したという事例を作って、発信する。

――言っていることはわかるが、現場で実践するのは難しい、とりわけ非正規雇用にそこまで求めないでほしい

市民は図書館に直接言うのもいいが、予算を握っている人たち、および予算を握っている人たちに影響力を持っている人たち(政治家、財界人、産業界にいる人たち)側に働きかけた方が早いかもしれない。

■上記イベントに関連して2つ記事を出しました。

図書館予算減はおかしいという話

政治・行政のニーズを突く、向こうの流儀で構築しようというロジックです。

税金で買った本

ではまた。

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