コロコロDXと絵本ナビを電流協アワードに推薦した理由
2025年5月21日にAEBS(電子出版制作・流通協議会)主催「電流協アワード」贈賞式があった。私は今回からこのアワードの選考委員のひとりを務めている。
大賞は小学館「コロコロコミック」のDXと、株式会社絵本ナビのデジタル絵本読み放題サービス「絵本ナビプレミアム」の2つに決まった。
選考は各委員と事務局が推薦したあとで合議制で決めるというものだから、すべての選考委員の意見を代弁するものではないことはお断りしておくが、大賞にこの2つを推薦した私個人の考えをまとめておきたい。
1.電子書籍界隈では子どもの本は軽んじられがちだが読書推進の観点からもマーケットとしても重要であること

出版科学研究所調べおよび総務省統計局人口推計を元に筆者作成
「児童書は紙の本が強くて電子は売れない」「子どもは決済手段を持たないから電子はやるだけムダ」「紙の本を読ませたい親・教師が多いから電子はうまくいかない」等々と言われてきた。一面ではそれは間違いではない。
しかし、では親が子どもにスマホやタブレットを渡すとき、あるいはGIGAスクール構想以降、児童に配布されているひとり一台端末のなかに、選択肢として絵本や読みもの、児童マンガがない状態が良いと思っているのだろうか。
そんなわけはない。動画閲覧や勉強ができるのであれば読書もできる環境が望ましい。
また、少なくとも本と関係するコンテンツ(記事、動画なども含む)に触れるタッチポイントがデジタルメディア上に用意されていなければ、デバイスを利用しているあいだ、本・作品・雑誌・出版社は存在を認知されることすらなくなってしまう。そして人は知らないもの、興味をもっていないものを買うことはない。書店店頭や子どもの本に関係する雑誌などリアル空間、メディアはもちろん、デジタルメディア上にも本に関係する記事や動画、情報が流通していなければ、本は売れない。
官民挙げての四半世紀以上にわたる読書推進政策・施策のおかげで小学生の読書量・率は上昇傾向にあり、その追い風を受けて児童書市場は全体で見れば堅調である。
「全体で見れば」と断ったのは、たとえば児童文庫をはじめとする「読みもの」の売上は昨今きびしく、児童書ジャンル内でも明暗が分かれているからだが、とはいえほとんどのジャンルが右肩下がりを続けるなか、児童書のような出版セグメントは非常に限られている。
マーケットとしても無視すべきではない規模なのだから(書籍市場が約6000億円のなかで約900億円あるのだから)、子どもの本のデジタル化、デジタルメディアを使った子どもの本の販促をやらなくていいという話になるはずがない。むしろ積極的に取り組む価値がある。
「紙が強いからデジタルをやらなくていい」わけではない。「デジタルを使っていかに紙に送客するか」。あるいは、デジタル自体でマネタイズできないのであれば違う収益化手段(BtoCならグッズなどのEC、イベント、オンラインスクールなど、BtoBであれば子どもをターゲットとする企業からの広告、PR案件など)を考えるべきである。「紙の本からEPUBに置き換えて売る(読んでもらう)」ことを電子書籍や電子図書館事業、デジタルパブリッシング、あるいは出版DXと思っているふしがいまだ出版業界にあるのだが、視野を広げたほうがいい。
そしてその観点からコロコロや絵本ナビの試みを捉えると、「電子化が遅れている子どもの本」の事業ではなく、むしろ、ただ紙から電子に置き換えただけに留まっている一部の電子書籍事業よりもはるかに「進んでいる出版DX」の事例なのである。
2.メディア+ウェブ/アプリ+電子書籍+紙+EC+イベント+BtoBという「次のデフォルト」を体現していること
コロコロと絵本ナビは「ガワ」や対象ユーザーはやや違うが、やっていることは共通している。
まず人々を集客し、関係性を維持し、深める(無料の)ウェブメディアを運営していることだ。
マーケティングファネルでは「認知」から「興味・関心」フェーズにあたる。
コロコロであればコロコロオンライン(記事メディア)、YouTubeのコロコロチャンネルやブラックチャンネルなど個別の作品ごとのチャンネルがこれにあたる。
絵本ナビは絵本・児童書情報のポータルサイト「絵本ナビ」がこれにあたる。絵本のことが知りたい人はここにたどり着き、会員登録し、メールマガジンを受信して定期的に情報を得る状態になる。
次にウェブ上でやはり(一部)無料の部分有料化コンテンツを提供している。
無料で体験してもらってペイドメディア(有料課金)へと導線を引いている。
マーケティングファネルでは「比較・検討」フェーズにあたる。
週刊コロコロコミック(ウェブマンガ)は単話形式でマンガを配信しており、無料で読める部分と有料課金しないと読めない部分がある。ここはほかのウェブマンガ誌と変わらない。
絵本ナビは絵本の試し読みを提供している。一度は無料で全部試し読みできる。それで子どもか親が気に入ったら紙の絵本を買うか、あるいは月額サブスクリプションモデルの「絵本ナビプレミアム」に入れば読み放題で読める作品もある。無料→有料のコンバージョンを促している。
(この「初回無料」で読んでもらって紙かデジタル、グッズ等々へ促すのはジャンププラスと同じビジネスモデルである)
試し読みして気に入ったら「購買」するが、そこで関係性を止めずにさらに「拡散・継続利用」に促すことが重要になる。そしていろいろなものを合わせて、ほかにも買ってもらうことで客単価を上げることもビジネス上は重要だ。
コロコロはそもそも本誌が定期刊行物の雑誌だが、月刊誌であるためリテンション機能がやや弱い点を課題としていた。そこから90年代にTV番組『おはスタ』を始めてテレビを通じてコロコロ関連情報を平日朝に流せるようになった(この話は『定本コロコロ爆伝!!』に詳しい)。
近年ではYouTubeを通じて日々キッズのなかでのマインドシェア(想起しやすさ)を維持している。
コロコロはタッチポイントを増やすために児童書ジャンルへも進出している。児童マンガの棚と児童書、学習マンガの棚は書店でも物理的に離れており、担当者も異なる。
朝読では『劇場版ドラえもん』や『劇場版名探偵コナン』『ポケットモンスター』のノベライズ(小学館ジュニア文庫刊)は読んでいいのに「マンガはダメ」ということから、マンガが出ていても気づかない、買わない親/子どもが少なくない。2025年からは児童書棚へ進出するかたちで読みものを手がけている。「読みもの」の『でんぢゃらすじーさん』ならマンガじゃないから合法的に朝読で読める(※学校による)。
ファン向けのクロスセル(合わせ買い)戦略とも言えるし、チャネル(流通)を拡大して店頭で存在を知ってもらい、コロコロ本誌や週コロ、YouTubeへの流入を促しているとも言える。
ファンのロイヤルティが高くなるとイベントに参加し、イベントに参加するとさらに高まる。
コロコロはコロツアー次世代ワールドホビーフェア、コロコロBASEなどリアルでのイベント、ショップに昔から力を入れてきた。
もちろんデュエマやベイブレードの大会もだ。「グラフ(記事)」「マンガ」「イベント」を連動させて、物語とリアルをクロスさせる体験を提供してきたのがコロコロの強みであることは前掲の『コロコロ爆伝』に詳しい。
絵本ナビには継続利用を促す施策として定期購読サービス「絵本クラブ」がある。
また、クロスセルの一環として絵本関係のグッズ制作、卸、販売に力を入れている。
それからより客単価が高く継続性もある習い事領域とも接続している。
加えて、メディア、ブランドとして価値/数字を持つと、BtoBでも引き合いが生じる。
コロコロが子ども向けの各種ゲームやホビーを記事化、マンガ化、YouTube動画化して子どもに届けるハブとなっていることはよく知られている。
近年では「子どもに人気の媒体」であることを活かして「ふるさと納税」と絡めた地方創生事業も行っている。
絵本ナビも絵本ナビの媒体力を活かして出版社の推したい絵本・児童書などのプロモーションを請け負っている。
出版に関わる事業といっても、BtoCだけで収益化しなければならないわけではない(もともと出版社は雑誌では広告収益が大きかったのだが、もはやそのあたりの「BtoBでマネタイズできる」という発想も忘れられつつあるような気がする)
コロコロや絵本ナビがすぐれているのは、スマホが当たり前の時代に、どうやって人を呼び込み、好きになってもらい、気持ちよく紙やデジタルへお金を払ってもらい、利用を続けてもらい、さらにプラスしてグッズやイベントにまで手を伸ばすようになるのかという顧客の心理や行動の流れを踏まえた、一連の事業設計である。

絵本ナビも「電子出版制作・流通」を表彰するアワードだから電子読み放題サービス「絵本ナビプレミアム」を対象にすることになったが、私は単体の事業として絵本ナビプレミアムを推したわけではない。
近年、出版業界ではIP、IPと言われるが、自前でここまで広げられる。
また、先進国ではほぼ日本だけ紙の本市場がシュリンクし続けるという経営の失敗が長引き、電子書籍市場が踊り場を迎えるなかで、もはや「紙から電子へ」いかにリプレイスして伸ばしていくか、を考えればいいフェーズは終わっている。
「紙も電子もグッズやイベントもBtoBでも」トータルで愛されるサービス、ブランドとなり、収益を伸ばしていく、パイ全体を増やしていく必要がある。
それを成功させている事業体としてコロコロと絵本ナビを推薦した。
ただしこれはくりかえすが筆者個人の見解であり、選考委員や電流協全体の意見ではない。
■自分の話
インタビュー記事出ました。初出では事実誤認があったので先方に伝えて修正してもらいました(新聞では取材者への原稿チェックないのはめずらしくありません)。
6月13日に版元ドットコム会員集会で講演します。オンラインもあります。会員じゃなくても参加できます。出版社向けの話ではありますが、ご興味あればどなたでも。よろしくお願いします。
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