スポーツは勝つと盛り上がるのに、学力は負けた/下がった方が盛り上がる
10月にこういうタイトルの本を出すのでPISAの読解リテラシーのスコアや順位の結果をドキドキして待っていたのだけれど(もうほぼ本文を直せないタイミングだったのでなおさら背中に汗をかきながら)、結果としては、平均点は下がったが、順位はOECD内では上がってなんと1位になり、全参加国・地域中では4位とワンランクダウンだった。
び、微妙……と、たぶん新聞記者やテレビのニュース番組制作者も思っただろう。各紙を見ても歯切れが悪い。結果が発表された16:30にいっせいに各社記事が配信されたが、予定稿では「下がった」って書きたかったんだろうなー、という感じの会社(読売、産経)と、一部「読解・科学・数学が初めてOECD内でオール1位!」といった反応に分かれていた。
Yahoo!ニュースなどを見ても、PISA2015、2018で続けて下がったときと比べると、はるかに盛り上がりに欠ける(もっとも、発表タイミングがちょうど愛知県の観測史上最大の豪雨とニュースが重なったことも大きいが)。
LinkedInやNewsletterで各国の教育・出版関連ニュースを追っていると、欧米では深刻なトーンで次々に報道や論評がなされており、日本とはかなり温度差がある。

日本は点は下がったけど決して「下がり続けているわけではない」。それはOECD平均の話で、日本は踏ん張っている(だから1位なのだ)。


順位も悪くない。むしろ良い。3科目ともOECD1位なんてすばらしいことだ。
でも多くの人が「子どもの学力・読解力は下がっているはずだ」という思い込みがあるから、1位という事実に対して、認知的不協和(矛盾する二つの認識/認知を同時に抱えたときにモヤモヤや居心地の悪さを覚える現象)を起こしている。
認知的不協和が起こったときに人間がどういう思考になるのかについては、よくイソップ童話の「すっぱい葡萄」が例にあげられる。手に入らないブドウを「どうせ美味しくない(すっぱい)から要らない」と思い込むことで、矛盾によるストレスを解消しようとする、といったものだ。
「今の子どもの学力は低い」「学校現場も子どもの国語力も崩壊しているんだ」と思っているときに「国際的に見てトップだ」という矛盾した情報と接触すると、なんとしてでも下がっている場所、悪化している場所を見つけ出して「ほら! やっぱりダメになっている!」と言って納得しようとする。
今回であれば、「読解の平均点は前回より下がっている」ことと「習熟度レベルが1以下の割合が増えた」ことを拾うケースが典型だ。


ところが平均点もそうだしレベル1以下の割合もそうだが、やはり日本の場合は「悪化しつづけている」わけではなく、「波がある」。なぜ波があるかといえば、都度都度、文科省や教育現場がPISAの動向や結果をキャッチアップして対策をし、改善をはかってきたからだ。
私も別に楽観視していいとか、何もしなくていいとはもちろん思っていないけれど、3科目とも1位なのに喜んでいる人がこんなに少ないなんておかしな話だな、と思う。
オリンピックやワールドカップ、WBCのときには日本が勝つことを願い、勝ったらめちゃくちゃ盛り上がるのに、学力や読解力に関しては結果が良くてもネガティブに解釈をし、下がったときしか騒がない。
くわえて、人間はネガティブニュースに反応しやすい性質がある。
『ゆる読書』の抜粋記事でプレジデントオンラインらしい見出しの付け方(私が付けたわけではない)によってよく読まれたのだけれど、これは「日本のマンガは世界一」という願望含みの認知と矛盾するもので、かつネガティブニュースだったので「そんなはずない」とか「海外みたいに年齢別のレギュレーションの設定をするのは間違っている。日本のやり方がいいんだ」といった反応を引き出し、跳ねたと言える。
私だってそうだけれど、誰だって、自分や自分の願望を否定されたくない。

不都合な真実という点では、PISAの成人版であるPIAACでは、中高年の方が読解リテラシーのスコアが低いこともある(なお、PIAACでは日本はフィンランドに次いで2位でやはり世界トップレベルに読解力が高い)。
中高年層が言う「今の子ども・若者は読解力が低い」というのは完全に「お前が言うな」案件である。
人間の認知能力は年を取るほど下がるし、記憶や印象は簡単に上書きされ、過去は美化される。「今の子どもは勉強がどんどんできなくなっている」といった印象論、現場の実感は、それだけではあてにならない。
また、PISAの結果を論じるのもいいのだが、そもそも何のためにPISAで良い点を取らないといけないのか、考えたことがあるだろうか? 何のための指標なのか、本当に指標として機能しているのか、考えたことがあるだろうか?
『「若者の読解力低下」というウソ』では、こういったもろもろを掘り下げている。
PISAの読解リテラシーの評価フレームワークは2018、2022、2025はほぼ同じなので、この本を読めば今回までの流れは基本的にわかる。
出版業界人や図書館関係者なら気になるであろう「読解力と読書」の関係も突っ込んで書いている。というかそもそも、読解力問題に首を突っ込むきっかけになったのは、子どもの本に関心をもって調べていったら読書推進政策は教育政策とリンクしており、教育政策はPISAや学力低下論争の影響があることが見えてきたからなのだった。
■告知
「新文化」9月3日(先週号)の5面に『ゆる読』の記事が掲載。
雑誌「本郷」2026年9月号に「書店経営史をどう紡ぐか」というエッセイを寄稿しています。

これの裏話というか制作過程の話。
これの講演(講義)も学生向けに某所でやります。

9月19日13時30分からトークに登壇します。千葉中心に関東の書店(の閉店)についての資料をpdfですけど配布します。来てね
11月6日(金)夜に名古屋NBCにてイベントやります。前日から名古屋にいるので5日(木)夜にイベントやりたいとか話したいという方がいればご連絡ください。
あと12月に宮崎(宮崎市)と三重(津市)と大分(大分市)に講演に行きます。一般向けは宮崎だけであとはクローズドな会ですが、予定があえばその前後にでもと思うので、気軽にご相談ください。
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